ねこ的 浅草(?)暮らし

ネコの多い街 江戸文化息衝く街 浅草。飲んだり食べたり猫と戯れたり。。。
100mほど浅草地区から外れたので、ブログ名称若干変えました。
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# 今回の初日の出登山は駒仙でした その3
JUGEMテーマ:山岳

詳細3

2013年12月31日
駒仙小屋テン場〜仙水峠〜駒津峰 往復
4時半起床。窒息死を何度かしかけた為、眠りが浅かった。他の人達はテントの通気性をどうやって確保しているのだろう?
5時に朝食、6時20分ににテントの外に出る。準備運動をしてアイゼンを装着して6時40分に出発。
昨日通った道のために不安などは全く無く、ペースも順調。
仙水峠手前10分の所で、まったく居なかった筈の人に追いつかれ、仙水峠で追い越された。
50分間近く誰も居なかったのに。かなり足が速い人で、あっという間に登っていかれた。

仙水峠から駒津峰に上がって行くと、樹林帯は問題ないが少しでも樹林帯が途切れると、かなりの烈風と雪が来る。何組かを追い越し・追い越されをやりつつ、9時10分に駒津峰到着。

駒津峰の手前から完全に樹林帯が終わり、かなりの吹雪の中を登った。
手前で降りて来た人に聞いたときは、「烈風が凄いから駒津峰で諦めて引き返してきた」と。

昨日はきれいに見えていた甲斐駒が岳・摩利支天が完全にガスの中。

いける所まで行ってみよう、ただし膝の限界が来る前まで。

駒津峰から約15分程度のトコ。横風に煽られて滑落手前だったのでここで諦めた。

痛みは無いけど、膝が不安・・・
年明けの干支と関わる駒の字がある、駒津峰を踏めただけでも良しとしよう。
ゆっくり下山し、11時50分にテン場到着。

13時半頃、仙水峠で追い越していった人が帰ってきた。自分のテントの側にテントを張っていた人だった。
聞いたところ、ガスで全く見えなかったけど甲斐駒頂上まで登って来た、とのこと。
凄い早足の人が居たもんだ・・・
早く下山してしまった為、午後は持ってきていた、孤高の人をテントで読みふける。
2014年1月1日
3時40分起床。
寒さを無視して、テントの通気口を全開にし、入り口も少々開けてみたら窒息死寸前に達することは無くなった。
思ったよりも寒くは無かったし。
4時に朝食開始、準備を整えて5時にテントの外に出る。
日の出までかなり遠い、真っ暗な世界と、かなりの降雪。
テントが薄っすら埋まっていた。

準備運動をしてアイゼンを履いて、5時15分に出発。
林道に出る手前で1人ずつ3名がテン場へ戻ってきた。
トレースが無くて怖くて戻ってきたとか、忘れ物を取りに戻ってきたとか。
ヘッドライトの明かりが有っても、降ってくる雪が反射して、遠くまで照らす光量が減っている。
雪ってかなり光を遮るんだなぁと再認識。車でも夜間はかなり見通し悪くなったっけ。

5時半、北沢峠から仙丈ケ岳方面に入る。
トレースはまだ残っていたが、かなり埋まっている感じ。
1合目で先行していた2人を追い越すと、トレースが有ったり無かったりの状態になった。
吹雪と降雪の影響で、あっさりとトレースが消えるらしい。
今回はラッセル泥棒に徹するつもりだったのに。

2合目、駒仙小屋方面の分岐点。真っ暗の為通過。
3合目、展望が利きそうなポイントだけど、吹雪が酷いので通過。
4合目、日が出たらしく明るかったが、「初日の出?なにそれ?」な吹雪状態。

樹林帯なのに、吹雪がかなりあった。
4合目から五合目がかなり強烈な風が通るところがあった。樹林帯とは思えん・・・

5合目、7時37分到着。

4合目の辺りから別の単独行の人と追いつかれ・追い越しをやっていたが、ここから共同戦線・にわかチーム結成。
ゴーグルを装着し、稜線の吹雪に備える。

7時45分、5合目出発。
完全にラッセル状態だったので、誰も先を行っていないと思いきや、下山していた3人組が居た。
小千丈までが精一杯で、降りる時道を間違えたとのこと。
そのトレースには入らないようにとの注意を受けた。

3人組の人がつけたトレースを辿り、樹林帯を抜けた。間違えたというトレースは大きく曲がっていたので、セオリーどおりに尾根を直登する。
・・・ラッセルきつい。元旦早々、なにやってんだ・・・なんで元旦にラッセルしてんだ?
自問自答が何度もくる。

6合目には何とか到着。ガス・猛吹雪の影響で視界は10〜15m程度しかない。
地図やマーキングのリボンを見つけつつ、稜線から外れないように、ラッセルを交代したりして山頂を目指した。

8時49分、小仙丈ケ岳到着。

3000mを越える、本当の仙丈ケ岳まで行ける気象状況じゃない為、ここで終了。

単独行にわかチームで、証拠写真を交互に取り合う。

一人だったら撮れる状態じゃなかった・・・

6分後の8時55分下山開始。さっき登ってくる時につけたトレースが完全に消えていた・・・
うそだろぉ〜っとボヤキながら、下る方向を間違えないように気をつけて下山。
ゴーグルは中が凍ってゴーグルの中までホワイトアウトになってしまった。
曇りにくい二重グラスのゴーグルなのに、それでも中は凍る。

6合目まで降りてきて、あとは道に苦労は然程無い状態なので、ここでチーム解散。
「またいつかどこかの山で!」と硬い握手を交わし、その人は急ぎ目で下山をしていった。
自分はゆっくり下山をし、二合目から駒仙小屋方面に降りて、10時50分に駒仙小屋テン場に到着した。

テントを見て愕然。半分雪で埋まってる・・・
撤収するだけなので、コーヒー飲んで一休みしてからを考えていたのに、テントの雪下ろしと周りの雪かきをせねば。
結局雪かき等で無駄に30分掛かり、テント撤収完了が12時になってしまった。

長衛荘に移動し、空いていたので少し場所を広めに取らせていただき、湿った荷物類を完全に乾かせて頂いた。

夕食までノンビリ過ごし、山野井夫婦のドキュメンタリーを見て過ごす。
ここでも栗城に対する失笑ネタがあった。山野井夫婦が出てくるとね・・・栗城なんてw

夕食の時間、振る舞い酒が出た。素泊まりの人にも振舞われた。素泊まりは自分ともう一人の男性だけだったけど。
振舞われたのはお酒だけでなく、おせち料理も振舞われた。
少量ではなく、お刺身もついたしっかりとした量と内容!なんか申し訳なくなってしまった。
去年泊まった八ヶ岳の某山小屋との差がすごい!
来年ここに来る時は食事付きでお願いしよう。

日本酒・ウイスキーなどを頂き、山小屋ではありえない22時に寝る。
飲みすぎか、疲れか、酷使が原因か・・・痛めた左ひざが痛かった。


1月2日
5時半起床。疲れはかなり取れた。
6時から朝食を取り、ゆっくり準備をして7時26分に出発。
同じ素泊まり・交通機関無しの人は6時半に出発・下山をしていった。

10分後の7時36には大平山荘を通過。さすが下り、ペースが速い。
荷物はあまり軽くなった気がしないが・・・

8時16分に八丁坂の下降点到着。

登りはここから北沢峠がやたら遠く感じたが、下ってきてみると、緩やかだと思っていた登りは、実は等高線の間隔以上にかなり上り坂だった事が理解できた。

キツイ八丁坂はつづら折の為にあまり急ではなく、30分後の8時50分には丹渓山荘跡地の分岐点に着いた。

また長い河原歩きが始まる。
角兵衛沢の分岐で、やたら元気そうな爺さんに抜かれた。膝がいい加減だるい。

来る時とは別のルートで河原を歩き、戸台の登山口には11時18分に着いた。
下山届けを記入して、届けを投入した直後、登山者を乗せたタクシーが到着した。
これ幸いと、高遠までお願いする。

角兵衛沢分岐で追い越した爺さんは、戸台大橋の手前まで来ていた。
早いなぁ・・・
この爺さん、タクシーの送迎を頼んであって、戸台大橋からタクシーに乗ったそうで、高遠駅で追いつかれ(笑)、高遠の温泉に一緒に行く事になった。
高遠温泉にいくと、見たことのあるザックとメットの一式。
長衛荘で素泊まりをしていた人だった。
3人の公共交通機関者でタクシーをシェアしようとなり、単独行者にわかチーム結成。
乗った高遠観光タクシーさんも、3人で割るならと、運賃を少し負けてくれて一人1100円で高遠から伊那市駅までくることができた。

今回の山旅は、本当に袖振るも他生の縁。いい山旅でした。

伊那市に着いて。
ローメンが食べたかったけど正月休みでやってる所が無く、ソースカツ丼はやってる店が何軒かあったので、ソースカツ丼を所望。

店探しをしている際に気づいたけど、左足を引きずって歩いてた・・・
膝をかなり痛めてた事に気づいてませんでした。

帰りは伊那市バスターミナルから高速バスで新宿まで。
1日と2日午前の天気が嘘のように、中央道からみた八ヶ岳と南アルプスの晴れ渡った美しい姿が。

そしてセオリーどおり、大月からは中央道の大渋滞に巻き込まれました。。。
| comments(0) | trackbacks(0) | 01:51 | category: 孤高の人(山) |
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